その三、実録第44回衆議院選挙東京4区

2006年8月18日 15:51 | ブログ:平将明の本音
「東京10区、小林興起のとこでどうだ。」
 彼から告げられた選挙区は、全くの想定外であった。小林興起議員といえば、郵政民営化反対の急先鋒、法案採決の際も青票(セイヒョウ、反対票の意味)を高々と掲げ、投票した議員である。怨念渦巻く選挙になるだろうし、注目選挙区になることは間違いないだろう。この一言はさらに私の戸惑いに拍車をかけた。
 「すこし時間を下さい。とにかく明日の勉強会には顔を出します。」こう答えるのが精一杯で、私は電話を切った。
 この時より2年遡った2003年の夏、当時の自民党国対委員長から私の会社に突然の電話が入った。
「自民党の○○です。知人からの暑中見舞いにあなたのことが書いてあった。是非お会いしたい。会社に伺うので、都合の良い時間を教えてください。」
 私自身、全く面識もない、官房長官も務めたことのある大物代議士からの突然の電話であった。大変びっくりしたが、そのような人に会社に来られても困るので、私から自民党本部へお邪魔することにした。
「東京○○区から自民党公認で出ないか。」 
 国対委員長は言った。この時もまったく唐突な申し出であった。衆議院選挙というものはそういうものなのだろうか。私はお誘いをいただいたことは光栄であること、しかし、東京JCの現職理事長であること、日本JCの会頭になって日本JCを改革するつもりであること、東京○○区には縁もゆかりもないことを告げて、その場でお断りした。もし万が一出るとしても、私の職場の大田市場のある大田区、東京JCの委員長を務めた大田区しかないとの思いもあった。しかし、東京4区には都議出身の若手の候補者がすでに決まっていた。おそらくこの先、何十年と彼が自民党の候補者であり続けるだろうと思っていた。 あれから2年が過ぎ、私はJCの会頭選挙で破れ、そして東京4区の事情も大きく変化していた。歯車が少しずつ噛み合ってきている感触を感じながらも、戸惑う気持ちを払拭することはできない。
 「どうする?俺!」
 8月8日の夜は更けていった。
               -つづく-

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