その十三、実録第44回衆議院選挙東京4区

2007年3月 2日 18:06 | ブログ:平将明の本音
東京4区は、自民党にとっては鬼門筋だ。
小選挙区に移行する前、中選挙区時代は花の東京2区と言われ、石原慎太郎氏、新井将敬氏、大内啓伍氏、上田哲氏ら有名政治家がズラリと並んでいた。最後の中選挙区選挙で私のライバルである民主党の宇佐美登氏(当時は新党さきがけ)が上田哲氏と入れ替わる形で初当選を果たした。
その後、石原氏が衆議院本会議場において25周年の記念演説を行い、突然の引退表明。
新井将敬氏の自殺。
補選で当選した森田健作氏は、次の選挙で自公連立政権のもと、当時の野中幹事長と激しく対立、無所属で当選するも、埼玉県知事選立候補に絡みその後の選挙の出馬を断念。
都議会議員の若手、中西一善氏が出馬・当選し、ようやく安定するかに思われたが、六本木で事件を起こし辞職。
この間、自民党本部と大田支部は互いに不信感を抱き、激しく対立することもあった。
このような背景のなか、急な衆議院解散と、公募による候補者擁立で、私が選出されたのだった。
そして前職の中西一善氏は依然として、出馬に強い意欲を示していた。
彼を公然と応援する自民党区議も多くいた。
8月17日に選考委員会で決定をもらったものの、これからが大変だ。
その夜、私は早速自民党区議、都議にあいさつ回りをすることにした。
まずは、選考委員会の委員でもあった松原忠義都議のところへ行った。弟の松原秀典区議も同席していた。その話しぶりから高い見識と信用できる人柄を感じていた。偶然にも同じ大学同じ学部の先輩で、彼が卒業した翌年に私が生まれたので、親子みたいなものだ。
「今の時点で明らかに平支持を表明しているのはまだここにいる2人だけです。明らかに前職を応援している人、流動的な人はこのようになっています。」
「2人ですか・・・。」確か大田区の区議、都議は合計20名いたはずだ。軽いめまいを感じる。
「まあ、平さんのことみんな知らないですし。投票まであと25日しかないですから。」
そりゃそうだ。心の中でつぶやいた。
次に、湯本良太郎区議のところへ訪れた。JCの後輩だ。
私は東京全体の理事長を務めるなど多忙をきわめていたので、地元の大田区委員会からは少し離れていて新入メンバーである彼とは、ほとんど付き合いがなかった。約1000名からなる青年経済人の組織のトップ経験者と一メンバーでは、話をすることもめったにない。しかし彼の言葉は予想外であった。
「平さん、JCと選挙は訳がちがいますよ。JCでは平さんに握手を求めるメンバーはたくさんいたでしょうけど、平さんから握手をすることはないですよね。そんな平さんにホントにどぶ板ができるんですか?」
JCのフォロワーメンバーから脅かされたのは、後にも先にもこれ一度きりだ。しかし、若いメンバーだと思ってあなどっていたが、職業政治家として彼の発言は説得力のあるものだった。相手が誰であれ、臆せず媚びず、東京JCのいいところなのか、彼の性格なのかはわからないがとても頼もしく思えた。
「覚悟はできてる。」
「それじゃあ、今から一緒にまわりましょう。」
二人、夜の大田の街へ飛び出して行った。
明日は、地元、大田区議員団総務会で今日の決定の追認が行なわれる予定だ。
平支持か、中西支持か、明日その大勢が判明することになるのだろう。
武部幹事長は心配するなと言っていたが、明らかに違う空気を私は地元で感じていた。
                    ― つづく ―

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