『がんばろう、日本!』ロングインタビュー(その3.)~全4回~

2010年12月 4日 14:34 | インタビュー

 【自民党は、リアリティーのある選択肢を国民に示せるか】

 私は小泉改革で「自民党は変った」と思い、自民党から立候補したわけですが、小泉改革のよかったところは、政策が合理的だったところです。もちろんその政策を支持しない人もいらっしゃるわけですが、少子高齢化時代でこれだけ財政支出が増えていく、できるだけ増税せずにやっていこうとすれば歳出を削るしかありません、それも(現状から削減するのではなく)これから増えていく分を何%抑制しましょうと。そういうパッケージとしての合理性があったと思います。それを選ぶか、選ばないかは国民の選択です。

 ところが小泉改革後は、自民党にも民主党にも政策の合理性がまったくありません。小泉改革で大変な副作用があったということで、その後の政権は副作用を緩和することをやっただけです。それは解決する政策とは程遠かったと思います。小泉・竹中改革はけしからん、というのであれば別の政策パッケージを示すべきですが、何もありませんでした。
民主党政権はもっとひどくて、解決のためのパッケージはなし、困っている人にお金をあげる、あるいは無料にする、財源は後で考えると。財源がないものは政策ですらありませんから、政治がものすごく劣化してしまいました。民主党的な政策というのは、選択肢としてはありえると思います。しかしその場合は消費税を例えば25%いただきます、ということでないと、合理的な政策的パッケージにはなりません。それを選ぶかどうかは、国民のみなさんの選択です。

 われわれ政治家、政党がやるべきことは、プロとして経済的財政的に合理性のある政策パッケージを提示して、みなさんが選べるようにすることです。そうでないと、民主主義は機能しません。私は青年会議所で公開討論会をずっとやってきたのでよく分かるのですが、今の状態ではまともな選択肢がありません。たとえて言えば、熱があるから医者に行ったら、片方では「水風呂に入って体を冷やせ」と言われ、もう片方では「毒を薄めたアメをなめていろ」と、まともな薬を処方してくれるところがない状態です。できもしないものを「できる」といったり、「財源はいくらでも出てくる」とまるでリアリティのないものを示して、「国民のみなさん、どちらを選びますか」というのでは、政党の責任をまったく果たしていません。

 この点では自民党も反省しなければいけないのは、小泉改革後は緩めただけで、何もしていないことです。痛みや副作用のところに手当てはしましたが、トータルとしての解決策、処方箋は示せなかった。そこに民主党はさらに、まったく合理性のないマニフェストを持ってきて「できる」といった。フローで十六兆円(マニフェストの政策の財源として)出てくる、なんていうのはありえない話です。先日このことを委員会で質問したら「自民党だからできない、民主党ならできるんだ」と言われましたが、「できない」ことはもう明らかになっています。

 では自民党はどうするのか。最近一部には「われわれは野党なんだから、思い切ったことを打ち出せ」という声もありますが、そうではないと思います。やはり求められているのはリアリティーです。バラ色の未来を描くことはできませんが、こうやって、こうやれば、全体の帳尻が合うという話です。マニフェストというのはそういう整合性のとれた政策体系で、それを打ち出して、誠実に訴えることに尽きると思います。国民のみなさんが求めているのは、トータルとして政策の整合性が取れている、そういうプロとしての政治です。財政の整合性、政策の整合性がとれた政策パッケージを打ち出せるか、が問われていると思います。

 民主党政権があまりにひどいので、改革道半ばのまま、自民党に政権が戻ってくる可能性もあります。しかしこのままでは、長続きしません。そこまで意識して、どれだけ自己改革ができるか、だと思います。政権が戻ってきたら、そこで改革が足踏みしたり、場合によっては後退することもありえます。権力を握ったら、それを維持するためだけに動くようになり、また国民の意識から乖離して不信感を抱かれる、ということにもなりかねません。いまの状態でわれわれに政権が戻ってきたとしても、それはわれわれに対する期待感が高まったからではありません。そんなものは長続きしない、という前提のうえでどういう議論ができるかが重要だと思います。

                                     つづく